老眼、目の病気、弱視などの様々な「見えにくさ」に、あらゆる対処法を提案

見えるフリをしてしまう

その他

「見えません」と言い出せない場面

視覚障害を隠すつもりは無いのですが、「見えるフリ」をしてしまう場面が多々あります。

例えばテーブル越しの相手が、話の流れで
「これくらいの」
と手指や腕などで大きさを表した(←予想)時。

例えば何らかの説明を受けていて、
「ここに〇〇がありますよね」
と何かを指し示された(←予想)時。


これらの場面で「いや、見えないんですけど」と言うと、相手の話の腰を折ってしまうことになるので、 どうしても言えません。
なので相槌を打って『見えているかのように』振舞ってしまいます。
もちろん見えない分、頭の中は想像力や推測がフル回転です。

でもこういう行動のせいで、『本当は見えていない』ということを解ってもらえず、誤解されることに なってしまう。
やはり話の腰を折ってでも「見えません」と素早く言ってしまった方が良いのでしょうか?
いまだに正解が分かりません。

見えないことを隠したい場面

上記とは異なり、あえて見えないことを隠している場面が、私にはあります。
ひとつは自宅近辺です。
中途で視覚障害となり、実家住まいの身。
近所の知らない人たちにヒソヒソされるのも嫌だし、両親の肩身が狭くなるのも申し訳ない。

また、物騒な今のご時世。
悪人に「あそこの家は障害者が住んでるから狙い目」なんてターゲットにされては困ります。
だから家に近づくと、白杖をたたんでしまいます。

もう一つは、不穏な気配のする道を歩く時。
不穏、は私の思い過ごしかもしれませんが、閉塞的で人通りも少ない道など、時々こわく感じる時が あります。
白杖を持つようになってから、実際に変な人に絡まれたことも複数あります。
犯罪に巻き込まれたことは無いけれど、悪人から見たら、スリや強奪、暴力などをふるうのに格好の対象 なのではないでしょうか。
だから、「なんか嫌な気配だな」と感じて、白杖をしまって障害者であることを隠す時があります。
足元はもちろん危なく、躓いたりぶつかったりもするけれど、弱点を隠したい場面が稀にあるのです。

「視覚障害者だ!」と注目されたくない場面

電車に乗った時、白杖を持ったままだと、時に親切な方が席を譲ってくださいます。
私は全盲ではなく弱視で、「席に座りたい度」は健常者と同じくらいのレベル。
だから、そんな親切な人の席を奪って自分が座るなど、あってはいけないことだと思っています。
そういう人にこそ、座って疲れを癒して欲しい。
なので、親切な誰かに気を使わせないよう、電車に乗ったら白杖を仕舞います。

これは見栄なのか?

初めての美容院に行く時。
いまだに視覚障害者であることを隠して入店する時があります。
自分の弱点をさらけ出せないのです。
これは何故なのか?
もしかしたら私の側に偏見があるのかも知れないと気づきました。

人生で通った美容院の半数以上が、なんとなくチャラチャラ軽いノリの雰囲気で、そこに「障害」という 真面目感のあるものを持ち出せないと言うか、何と言うか。
邪険にされるのではないかとか、適当に誤魔化されるのではないかとか、心の奥底にはそんな 被害妄想もあるのかも知れません。
プロであるはずの相手を信頼していない。これは相手に失礼ですよね。

チャラチャラ要素のないお店(の方が私はくつろげる)で、思い切って白杖を持って入ったら、 思いの外普通に対応してくれました。
大げさに構えることもなく、でも移動の時などに段差を教えてくれたりの配慮をしてくれる。
私も見えないことを隠さなくて済むので、『見えるフリ』をして「良い感じです」なんて嘘を付かずに済み、 罪悪感や後悔もありません。
鏡にグイッと近づいて見せてもらうこともあります。
偽らない素の自分で入って行ったら、結局それが一番快適で良い結果になったのでした。

結局むずかしい

色々書きましたが、問題なのはやはり一番初めの『相手の話の腰を折ってしまうので言えない』 という場面でのことです。
「見えませーん♪」などと言える相手・場面ならば口を挟むことも出来ますが、そうでない時が多い故の 困りごと。
もっと私が成長すれば、うまい対処法を身につけられるのか?
スマートに乗り切れるスキルを身につけたいものです。