老眼、目の病気、弱視などの様々な「見えにくさ」に、あらゆる対処法を提案

見えなくなって、職場を去ったあの日

その他

見え方の異変に気づいたのは、会社の白い壁を見た時にたくさんの飛蚊症を自覚した時でした。
また、給湯室のポットに貼ってあったシールの文字が、なぜか見えなくなりました。

病院に行っても問題なしと言われ、でも見え方は明らかにおかしい…としつこく通院を繰り返した ところ、ようやく異常が発見されました。

その後は大学病院に通いながらの治療が始まりました。
しかし、症状は緩慢に悪化。
入院をしての強い治療も行うようになりました。

毎週の通院での早退や、入院での長期休暇。
強い薬での副作用で、体調もおかしくなりました。

先の見えない病気への不安と、目や体調の不調、休んで迷惑を掛けていることなどが、月日を重ねる ごとに辛くなってきました。

目も少しずつ見え方が悪化していき、とうとう実作業でも「見えなくて出来ない」ということが 出てきました。

そんな時の、数回目の入院決定。
すべてのことが「もう無理」と思え、仕事を辞めることにしました。


最後の日、自分の荷物を片付けながら、生き生きと忙しそうに働いている同僚達と、副作用で醜くなり 先が見えずに不安で一杯な自分とを、「何が違うんだろう。どうして私は、こんななんだろう」と 比べてしまいました。
もうそこには大きな隔たりがあって、「あちら」と「こちら」は完全に別世界になっていました。
「あちら」の皆は、キラキラ輝いていて、眩しくてきれいだった…

迷惑を掛けたにも関わらず、最後まで病気に理解を示して「ゆっくり治療して、また戻ってきて」と 上司は言ってくれましたが、結局病気は悪化する一方で、戻れることはありませんでした。


その頃は「見えなくなった」ということに関して、完全に孤独でした。
病院はもちろん治療をするだけのところ。
視覚障害者認定の話なんかも、こちらからするまで欠片も出ませんでした。
人生をどうして行ったら良いのか、何をどうしたら良いのか分からず、まるで広大な砂漠に 水だけを持たされて放り出されたような感じでした。

「中途で視覚障害になった場合は、極力、今までの職場を辞めないように」
「拡大読書器、音声読み上げ器などを導入して、なるべく今までの仕事を続けられるようにすべき」
と知ったのは、職場を去ってだいぶ経ってからのことでした。

情報がないということは、様々なチャンスを逃してしまうことです。
視覚に大部分を頼っている人間にとって、視力を失うということは、情報を得られず、 チャンスどころか「溺れる者がつかむ藁」さえ見落として掴めずに溺れてしまう 危険性が大、に等しいです。


私は失意の中で職場を去ってしまいましたが、仕事に限界を感じて迷っている人がいたら、 辞める前に、環境の工夫などでどうにか続けられないか、検討してみてほしいです。
リハビリテーションセンター、職業訓練、職能開発センターなど、専門の機関に相談してみて ください。

詳しい情報など、当サイトでも少しずつ掲載していければと思っています。